萩野公介【学歴と偏差値】出身大学は『東洋大』高校時代はAKB48に夢中!?小学生時代から才能が開花!

萩野公介【学歴と偏差値】出身大学は『東洋大』高校時代はAKB48に夢中!?小学生時代から才能が開花!

萩野公介さんの出身大学は『東洋大学』と言われています。

高校時代にはAKB48に夢中だったとの噂もあるようですね。

 

今回は、

  • 萩野公介さんの出身大学や高校、中学はどこなのか?
  • 高校時代にはAKB48に夢中だったのか?
  • どのような学生生活を送っていたのか?

など、萩野公介さんの学歴や偏差値、学生時代の様子についてまとめさせていただきました。

ぜひ読み進めてみてください^^

 

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目次

萩野公介【学歴と偏差値】出身大学は『東洋大』すでにオリンピックで金メダル 

萩野公介【学歴と偏差値】出身大学は『東洋大』すでにオリンピックで金メダル 

萩野公介さんの出身大学は、『東洋大学』です。

萩野公介さんは、白山キャンパスに通っていました。

萩野公介さんは、文学部英語コミュニケーション学科に在学されていて、偏差値は、47~57と言われています。

 

大学時代は、どのような学生生活を送っていたのでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

 

萩野公介の大学生時代①:遠征先からレポート提出 

萩野公介の大学生時代①:遠征先からレポート提出 

文学部英語コミュニケーション学科に在籍されていた萩野公介さん

これからの時代、生きていくためには異文化の人たちとコミュニケーションする能力を高めることが必要不可欠になると先を見越して選んでいました。

 

そんな強い思いから進学されたため、授業でも濃密な時間を過ごすことができていたと語っています。

 

しかし、大学時代には遠征もあり、遠征しつつレポートを提出するなんて時もあったんです。

練習もしっかりしつつ、学業もしっかりしていたんですね。

 

萩野公介の大学生時代②:オリンピックで金メダル 

萩野公介の大学生時代②:オリンピックで金メダル 

2016年には、『リオデジャネイロオリンピック』男子400m個人メドレーに出場した萩野公介さん。

4605という日本記録をたたき出しただけでなく、この種目として日本選手初の金メダルを獲得されました。

 

さらに平成生まれの日本人としても夏季五輪初の金メダル獲得となるなどの功績をおさめています。

どれほど競泳の才能がある方なのかがわかりますね。

 

萩野公介の大学生時代③:大学の友人も応援 

萩野公介の大学生時代③:大学の友人も応援 

萩野公介さんは、自身の競泳について、

『大学の仲間も応援してくれると思います。』

と語っています。

 

リオデジャネイロオリンピックに出場する際には、選考会が終わり代表に選ばれた時も連絡をくれた友だちが何人もいたそうです。

 

その際には、

「俺、愛されてるな」

とついつい思ったんだとか。

 

周りからも応援されて人望があり、愛されている方なんですね。

 

萩野公介の大学生時代④:水泳に集中できる環境 

萩野公介の大学生時代④:水泳に集中できる環境 

萩野公介さんの出身大学・東洋大学は、競泳の練習環境にも恵まれています。

大学のプールの横に住居棟があるので、忘れ物があってもすぐに取りに行くことが出来たんです。

 

白山キャンパスに通う際にも、

『都営地下鉄三田線で10分ちょっと乗ると、もう白山に着いてしまう。』

ということから、時間の使い方が効率的に出来るため、勉強にも、水泳にも集中できる環境が整っていました。

 

そんな競泳に適した環境が今の萩野公介さんをつくりあげたんですね。

 

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萩野公介【学歴と偏差値】出身高校は『作新高』AKB48の大ファンだった

萩野公介【学歴と偏差値】出身高校は『作新高』AKB48の大ファンだった

萩野公介さんの出身高校は栃木県宇都宮市にある『作新学院高等学校』です。

日本有数のマンモス校として知られていて、萩野公介さんは英進部英進選抜クラスで、偏差値は61となっています。

高校時代はどのような学生生活を送っていたのでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

 

萩野公介の高校生時代①:AKB48の大ファン

萩野公介の高校生時代①:AKB48の大ファン

実はAKB48の大ファンの萩野公介さん。

メンバーは研究生を含めて全員知っているほどのファンで、選抜総選挙は日本武道館まで行き観戦していました。

 

その中でも現在は卒業されてしまった大島優子さんのファンだったそうで、総選挙の際には大島優子さんに投票していたんです。

 

萩野公介さんはアイドルについて、

「アイドルの戦いは真剣そのもの。その姿は感動を受ける」

と語っています。

 

アスリートとしてアイドルの真剣な戦いに感銘を受けていたんですね。

 

萩野公介の高校生時代②:日本代表に選出

萩野公介の高校生時代②:日本代表に選出

201242日には『日本選手権水泳競技大会』初日の男子400m個人メドレーに出場された萩野公介さん。

なんと日本新記録を叩き出し、ロンドンオリンピック日本代表の座が確定したんです。

 

そして20127月のロンドンオリンピックの400m個人メドレーでは、銅メダルを獲得。

男子個人メドレー種目での銅メダルは、日本人選手としては初めてのことで、高校生選手としても56年ぶという輝かしい功績をおさめました。

 

高校時代から才能が溢れていたんですね。

 

萩野公介の高校生時代③:16食も食べていた 

萩野公介の高校生時代③:1日6食も食べていた 

高校時代には、母親のお弁当を食べていた萩野公介さん。

栄養のバランスを少しでもよく保つために、毎日のお弁当や食事の献立を栄養士さんにメールしていて、不足しているものを毎日補うようにしていました。

 

驚くことに当時は1日6も食べていたんです。

食べ盛りということに加えて、競泳をしていたため、エネルギーをしっかり摂っていたんですね。

 

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萩野公介【学歴と偏差値】出身中学校は『作新中』手術をしていた

萩野公介【学歴と偏差値】出身中学校は『作新中』手術をしていた

萩野公介さんの出身中学校は、栃木県宇都宮市にある『作新学院中学校』です。

作新学院は中高一貫校の為、高校もそのまま進んでいたんですね。


偏差値は50となっています。

 

萩野公介さんは、中学生時代どのような学生生活を送っていたのでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

 

萩野公介の中学生時代①:中2で手術

萩野公介の中学生時代①:中2で手術

萩野公介さんは、中学校に入学してから膝に痛みを感じるようになります。

その痛みが治らなかったからか、中学2年生の冬には、手術を受けることになりました。

 

手術は成功したものの、6週間プールに入ることができずに、プールサイドでリハビリのトレーニングをすることとなったんです

 

萩野公介さんといえば、生後6ヶ月でプールに入ってからというもの、プールに入らない期間なんてなかったため、6週間も入らない時期が続いたのは萩野公介さん初めての体験でした。

それほど萩野公介さんは、プールをする生活が当たり前となっていたんですね。

 

萩野公介の中学生時代②:日本新記録 

萩野公介の中学生時代②:日本新記録 

リハビリを必死に頑張っていた萩野公介さん。

復帰戦である50m背泳ぎでは、見事優勝されたんです。

 

驚くことに中学生の日本新記録を打ち出しています。

 

しばらくプールに入れなかったとは思えないほどの快進撃ですね。

リハビリを頑張ってきた成果なのかもしれません。

 

ちなみにこの時に母親は、萩野公介さんが元のように泳げないかもしれない姿を見るのがつらくて応援には行けなかったそうです。

優勝を勝ち取っただけでなく、日本新記録まで打ち出してしまうとは母親からしても驚きだったのかもしれませんね。

 

萩野公介の中学生時代③:スポーツ万能 

萩野公介の中学生時代③:スポーツ万能 

萩野公介さんは、中学生時代からスポーツ万能な方でした。

水泳は特別上手かったものの、昼休みにキャッチボールやっても、遠投でビュンビュン投げていたんです。

 

さらに、校内のマラソン大会でも1.2.3年生まで全部含めて1位を獲得したんです。

 

これには同級生も、

『陸上部とか本気の人たちも全員いたのに』

と驚きだった事を語っています。

 

水泳は飛び抜けているものの、他の競技でもかなり運動神経がいいんですね。

 

萩野公介の中学生時代④:練習はサボらなかった  

萩野公介の中学生時代④:練習はサボらなかった  

中学時代には、原則寄り道禁止だったものの、東武宇都宮駅前の商店街のオリオン通りに遊びに行ったり友達の家に遊びに行ったりしていた萩野公介さん。

 

友達の家でゲームをしていた時でも練習には必ず行き、友人たちは萩野公介さんが練習行きたくないと言っている姿やサボる姿は一切見たことがないんです。

中学時代から一競泳選手としてしっかり自覚を持ち練習にのぞんでいた事がわかります。

 

そんなしっかりとした下積みがあったからこそ今の萩野公介さんがあるのかもしれませんね。

 

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萩野公介【学歴と偏差値】出身小学校は『羽川西小』すでに才能が垣間見える子供時代

萩野公介【学歴と偏差値】出身小学校は『羽川西小』すでに才能が垣間見える子供時代

萩野公介さんの出身小学校は栃木県小山市にある『羽川西小学校です。

公立の小学校の為、偏差値はありませんでした。

萩野公介さんは小学生時代にどのような学生生活を送っていたのでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

 

萩野公介の小学生時代①:1年で転校 

萩野公介の小学生時代①:1年で転校 

萩野公介さんは、『羽川西小学校』に入学されたものの、1年ほどで一級建築士をしていた父親の仕事の都合で転校する事になります

転校先は、愛知県名古屋市にある『御器所小学校』です。

こちらも公立の小学校の為、偏差値はありませんでした。

 

愛知県名古屋市に引っ越してからも水泳をしていた萩野公介さんは、名門といわれるスイミングスクールの『東海イトマン鯱に通うこととなったんです。

 

しかし、入校条件には

『自由形、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎの4泳法を泳げること』

とありました。

 

実はこの時に萩野公介さんはバタフライが出来なかったため、必死に練習を重ねて見事バタフライが泳げるようになったんです。

 

萩野公介の小学生時代②:ジュニアオリンピックで優勝 

萩野公介の小学生時代②:ジュニアオリンピックで優勝 

萩野公介さんは、小学生時代に から練習をしっかりしていた方で、小学2年生になると、『ジュニアオリンピック』に参加。

見事優勝を勝ち取っています。

 

さすが6ヶ月からプールに入っていたということもあり、小学2生で既に頭角を現していますね。

 

萩野公介の小学生時代③:父親の都合で同じ学校に戻る 

萩野公介の小学生時代③:父親の都合で同じ学校に戻る 

栃木県の羽川西小学校から愛知県の御器所小学校に転校された萩野公介さん。

小学3年生の時に父親の仕事の都合で再度転校。

 

再び羽川西小学校に通うこととなったんです。

 

栃木県に戻った萩野公介さんは、実家から1時間ほどの距離にあるみゆきがはらスイミングスクール』に通い始めます。

これは両親が選んだわけではなく、萩野公介さんが自ら選んだスクールです。

 

小学生とはいえども、しっかりした小学生だったことが分かりますね。

 

萩野公介の小学生時代④:週6日も水泳の練習  

萩野公介の小学生時代④:週6日も水泳の練習  

みゆきがはらスイミングスクールに通うようになった萩野公介さん

送り迎えは母親がしてくれていて、車での往復2時間半という距離を週6もされていました。

 

小学生だった萩野公介さんが週6日もスクールに通っていたことも凄いですが、それをサポートする母親もかなり大変だったのではないでしょうか

 

ちなみにこの生活は小学3年生から高校3年生まで10年間続きました。

母親の愛情に支えられて、十分に水泳の練習ができたのかもしれませんね。

 

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まとめ:萩野公介の出身大学は東洋大!子供時代からの活躍がすごかった

萩野公介さんの出身学校についてまとめさせていただきました。

 

萩野公介さんの出身学校は、

  • 東洋大学
  • 作新学院高校
  • 作新学院中学校
  • 羽川西小学校
  • 御器所小学校

です。

 

生後6ヶ月から水泳をしていた萩野公介さんは、小学校からスイミングスクールに通うようになり、ジュニアオリンピックで優勝を勝ち取っています。

 

中学生になると膝の痛みから手術をし、成功したものの、6週間プールに入ることなくリハビリをしていました。

そんなブランクを感じさせずに復帰戦では優勝を勝ち取っただけでなく、日本新記録を打ち出したんです。

 

高校生になると日本代表に選出され活躍されました。

 

大学時代には、遠征先からレポートを提出するなど、学業でも手は抜いていなかったんです。

現在でも大活躍中の萩野公介さんに注目していきたいですね。

 

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 

\萩野公介の嫁miwaはどんな人?/

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